虐待SOS相談開設 〜虐待0の取り組みにむけて〜 |
渕野辺保育園園長 |
昨年3月8日に淵野辺で起きた幼児の虐待死事件は衝撃でした。事件直後は当園にも、新聞、テレビ、そして週刊誌などのマスコミの記者が殺到し、園の対応を取材したいと申し入れが続きました。 たまたま死亡した3才女児は他の保育園の園児でしたが、多分当園に希望して入れなかったのでしょうから、とても他人事とは思えません。 しつけと虐待、人権尊重とプライバシー、その折り合いをどうつけるのかは難しい問題ですが、忘れてならないことは、弱者である子どもの視点に立つということです。 報道によると、在園していた保育園は、既に一昨年の夏頃に様子がおかしいことに気づき、通報していましたが、非常事態ではないと勝手に判断した相模原児童相談所が動かなかったことに起因します。 私見ですが、元児童福祉司だった私から見れば、クライアントの自己決定を中心とおく児童相談所の体質は、後手後手に回る傾向があるように思います。当時、それを自覚していた私の時代は、学校、保育園や警察など常に関係機関を訪ね、現場との話し合いを重視していました。 亡くなった幼児が、当園児だったらと自らに問うても、基本的にはその園と同様、直接救うことができません。敢えて言えば、少しは力関係によって、児童相談所を動かしていたかもしれない程度です。つまり子どもの虐待という問題の解決は、社会全体で共通認識を持ち、みんなでネットワークを組んで、対処しなければならない問題だからです。 昨年5月に公布された児童虐待防止法には、「虐待を発見した者は、児童相談所または福祉事務所に通告しなければならない」と記されています。それには特別なことではなく、どこにでもある問題として捉えることで、子どもを守ることが出来るという認識が必要です。 つまり子どもが成長する過程で障壁となり、悪影響をもたらすものを取り除くという事が原則になるのです。虐待を大別すると、身体的な虐待、ネグレクト(不適切な養育・養護の怠慢)、心理的な虐待、性的虐待とがあります。例えば、不衛生な下着を取り替えなかったり、楽しみにしていた保育行事を親の気分で参加させなかったり、それも広い意味では虐待の範疇になります。 一般に虐待を大人の視点から考えると、しつけの範疇であると防衛しがちです。しかし、しつけ論中心は、苦しんでいる子どもの状態を無視した視点ですので、子どもの心身を傷つけ、健やかな発達を侵していないかどうかの評価が欠かせません。その虐待の結果、死や重度の後遺症は論外ですが、不安、おびえ、うつ状態、無感動、無反応、攻撃性等の心的外傷という症状が生まれ、回復に時間がかかることが多いのです。 それゆえ保育園が虐待発見の場であり、その後の援助の場、虐待の芽を摘む予防の場としての役割が強く求められているのです。そこで当園では、まず虐待されている子どもをしっかり受け入れ、不安や恐怖感を取り除くことから始めます。 何より自分が悪いから虐待されたという不当な罪悪感を解きほぐし、自己愛がもてるように丸ごと認めてあげる事を大切にすべきと考えています。また、虐待を受けた時には「いや!」と拒否したり、「別の大人に話す」、「逃げること」など具体的な対処方法を教えていくことも大切な課題になるのです。 しかしながら、フロイトの精神分析によると、親から虐待された幼い子どもは、自分を守るために「現実のことではない」という抑圧が強く働き、起きた出来事を無意識の世界に閉じ込め、人に言わないという心的作用が働いています。それゆえ、保育者がその心情を分かってあげることが必要ですから、とても難しい現実があるのです。 処が一方、虐待する親の立場も孤立状態に陥っている場合が多いといいます。その結果、親自身が「うつ状態」になり、ストレスを抱えて、我が子に八つあたりすることになるのではないでしょうか。さらに核家族化が進み、叱られた子どもが逃げ場を失い、徹底的に追い詰められることさえ想定されます。 それゆえ、園は子どもを守ることと同時に、親を支える社会資源としての役割を自覚する必要があるのです。そのためには親の気持ちを温かく受け入れ、共感すること、そして相談活動や保育を通じて、子育ての負担を軽減することが大切な課題になるのでしょう。 しかしながらプライバシー優先社会の今日では、園が親を守るといってもなかなか家庭内に踏みこめない現実があります。そのために地域社会での虐待予防のポイントは「発見する」という一時予防が出発点です。人には「本当に虐待なのかどうかわからない。」そんな戸惑いがいつもついて回るものです。仮に通告や援助が間違っていたら、その親との気まずい関係にならないか、躊躇することも充分に理解できます。 そのためには疑問を感じたら、一人で判断せずに、まず周りの人に相談することが必要です。特に児童虐待防止法には、通報者を守るための守秘義務もきちんと明記されているのが特徴です。とにかく園では、まず幼い子どもを守るため、受け入れ時やパジャマに着替える午睡時に身体の点検を行っています。その際、体調が悪かったり、不安定な様子があれば、直接父母に伺うことがあるかもしれません。 また特に下着が汚れていたり、寄生虫等が発見されれば、失礼ながら親に連絡することもあるでしょう。そのまま放置すれば風などで他児に感染する惧れがあるからです。また必要によっては、親の了解をいただき、園で薬をかけたり、洗濯したりすることも考えています。そして楽しみにしている保育行事に親の都合がつかない場合は、保育者が代行しますので、遠慮せずに声をかけて下さい。 そのためには、父母と保育者、園とご家庭とのコミュニケーション関係が大切な条件になるでしょう。いま園では、父母と保育者のネットワークによる「虐待追放」を目標に掲げ、「虐待SOS相談」を育児センターの新規事業に計画致しました。どうぞ、悲惨な事件を教訓にして、「虐待0」の取り組みに力を貸して下さい。
電話 フリーダイヤル (0120)57−8880 さがみ愛育会 地域育児センター 担当職員 小木曽心理相談員 (臨床心理士)、松岡園長
幼い子ども達の人権を守るために、ホットラインを開設しました。無抵抗の子どもに、体罰、放任、嫌がらせなどは絶対にあってはなりません。 この「虐待SOS相談」では、関係機関(児童相談所・福祉事務所など)と充分連携を取りながら、必要によっては井上 嘉久先生(前横浜弁護士会会長・当法人理事)の直接指導も用意しています。 このような場面を目撃したり、また疑いがあるときは躊躇せず、どうぞご相談ください。 なお虐待事例は、親もまた被害者であることが多いので、一時保育サービスなどを併用しながら継続的な、相談カウンセリングによる事前防止を重視します。
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